スーツを選ぶとき、多くの人はまず価格を見ます。そして「高いスーツ=ブランド」「安いスーツ=妥協品」というざっくりとした理解で判断してしまいがちです。
しかし実際にスーツを扱う立場から見ると、価格差の正体はブランドでも流行でもありません。
使用されている原料・生地・仕様や設計の違いが、そのまま価格に反映されています。
本記事では、安いスーツと高いスーツの違いを「印象」や「好み」ではなく、
何が違うから価格が違うのかが分かる形で分解します。
価格差は「原料 × 生地設計 × 仕立て」で決まる

結論から言うと、安いスーツと高いスーツの価格差は、以下の3点で説明できます。
- 原料(糸・繊維)の質と選び方
- 生地としてどう設計・加工されているか
- どういう前提で縫製・仕立てがされているか
このどれか一つではなく、すべての工程で前提が違うため、最終価格に大きな差が生まれます。
① 原料の違い|同じ「ウール」でも中身はまったく違う

まず最も分かりやすい差が、原料段階です。高いスーツに使われるウールは、繊維長が長く太さが揃っており毛羽が少ない等といった非常に上質なウール原料が使われることが多いです。
これにより、糸にしたときに強度が出やすく、生地表面も滑らかになります。
一方、安いスーツでは、短繊維が多く太さにばらつきがあり、場合によっては合成繊維等の原料をブレンドしてコストを抑えます。この差は、糸の段階で既に風合いと耐久性に大きく影響します。
② 生地設計の違い|織り・密度・整理加工が違う

原料の次に差が出るのが、生地の作り方です。高価格帯の生地は、糸の撚り回数や織り密度、織機(生地を織る機械)の速度等が明確に設計されています。さらに、後工程として洗いや縮絨、プレスといった整理加工に時間とコストをかけます。
これにより、生地の表面が整いハリと落ち感が両立し、型崩れしにくくなりより高品質な生地を生産することが可能です。一方で安価な生地は、使う原料もそこそこに生産工程や整理加工を最低限にし量産スピードを優先します。
③ 芯地と仕立ての違い|価格差が最も分かりにくい部分

スーツの価格差を最も分かりにくくしているのが、芯地と仕立ての違いです。
なぜなら、この部分は着用時に外から見えず、試着しただけでは判断しづらいからです。
安価なスーツの多くは、接着芯と呼ばれる方法で仕立てられています。これは表地の裏側に芯地を貼り付け、熱と圧力で固定する方法です。生産効率が非常に高く、短時間で大量生産ができるため、価格を抑えることができます。
一方で、高価格帯のスーツでは、毛芯と呼ばれる芯地が使われることが一般的です。
毛芯は、馬毛やウールを主体とした素材を使い、表地と縫い合わせるように仕立てていきます。
この工程には時間と熟練した技術が必要であり、大量生産には向きません。
この違いは、単なる製法の違いではありません。芯地の構造は、スーツの立体感や形状保持力に直接影響します。毛芯仕立てのスーツは、着る人の体の動きに合わせて徐々に馴染み、時間をかけて自然な立体を形成していきます。対して接着芯は、一定の形を保ちやすい反面、体型や動きへの追従性は限定的になります。
価格差の正体は、この「どこまで人の体に合わせる前提で作られているか」という点も非常に密に関わってくるポイントです。
④ 縫製とパターン設計の違い|着心地を左右する設計思想

スーツの着心地は、素材だけで決まるものではありません。③の芯地に加えて縫製とパターン設計が、着用時の快適さを大きく左右します。
安価なスーツでは、できるだけ多くの体型に対応できるよう、平均値をもとにしたシンプルなパターンが採用されます。その分、縫製工程も効率化が優先され、必要最低限の工程で組み立てられます。
一方、高価格帯のスーツでは、肩・胸・背中・腕といった可動域を細かく想定した設計が行われます。
縫製箇所ごとにテンションを調整し、動いたときに生地が突っ張らないよう工夫されています。
この差は、見た目よりも体感として現れます。長時間着用したときの疲労感や、腕を動かした際のストレスの有無は、縫製と設計の積み重ねによって生まれます。価格の違いは、「どれだけ丁寧に人の動きを想定しているか」の違いにも紐づいているといえます。
⑤ 価格は最初から逆算されている
メーカーやブランドがスーツを企画する際、価格は最後に決まるものではありません。
むしろ最初に、「どの価格帯で、どんな使われ方をするか」を決めます。
例えば、新社会人向けや短期間の使用を想定、買い替え前提等こうした前提であれば、
原料・生地・仕立てにかけられるコストは自ずと限られます。
逆に、長期にわたる着用の想定や体に馴染むことを重視としたもの、印象の安定性を求めるという前提であれば、原料や工程にコストをかける必要があります。
高いスーツは、「高く売るために良い素材を使っている」のではなく、最初からある程度、違う目的で設計されそれに伴い素材の選定なども行っているのです。
価格やブランドではなく、素材や質でスーツは選ぶべき

安いスーツと高いスーツの違いは、単なる価格帯やブランドの差ではありません。
原料、生地設計、芯地、縫製、そして設計思想まで、すべての前提条件が異なっているだけです。
価格が高いから優れているのではなく、自分がどんな場面で、どんな目的でスーツを使うのか。
それに対して、どこまで作り込まれているかを理解することで、スーツ選びは「正解のある選択」に変わります。
昨今スーツ着用での勤務を義務付けられている勤務形態はやや減少傾向に見受けられますが、ビジネスマンとしてたまには、各シーズン毎の勝負の1着を作ってみても良いのではないでしょうか?その際に今回の記事の内容が少しでも参考になれば大変うれしく思います。